自分より他の人といる時の方が楽しそうに見えたら…

職場の休憩中とか…懇親会とか…研修の合間とか…
ついさっきまで私と会話をしていたその人が、今、他の人と話している。
私と話していた時よりもずっと楽しそうに見える。笑ってる。盛り上がっている。

私といるときよりも、明らかに、楽しそうだ。

はああー落ち込むなあ…。

 

今はコロナ禍で集まりNG、会話は最小限に…!と、”人見知り―ズ”からしたら、こういう辛い状況を回避できるところはありがたや~ではありますが(コロナは嫌だけどね)、永遠にこれが続くわけじゃないんだよね~。いつかはまた、以前のようにあっちでこっちでおしゃべり、ワイワイ…!になるんだものね…。

私自身、「私といる時より楽しそうだな…」と感じて凹むことがありますが、そういう時にしている事を書きますので、どなたかの参考になれば嬉しいです。

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何はともあれ、紙に書いてみる

私といるより楽しそう。こんなとき、頭の中で考えていることは…

・私と話していたって、つまらないよね。
・私より○○さんの事が好きなんだね。
・私なんて暗くて、ノリも悪いもんね。
・私はやっぱり人に好かれないんだな。
・周りから、「かわいそー!ボッチで」って哀れみの目で見られていそうで恥ずかしいな。

…などなど。

要は、「自分の性格がダメすぎるんだ」という自分責めや、周囲から批判的・否定的な目で見られている…という妄想ですね。


ここから脱出するには、何はともあれ「紙に書き出す」という作業がとても良い、と私は感じています。 その、落ち込んだ出来事、感じた事を思うがままに書き出すんです。

例えば、こんな感じ…。

 

今日、研修の休憩時間に、Aさんと、研修の内容について話をしていた。
するとそこに、Bさんがやってきて、Aさんと子どもの習い事の話をしはじめた。(BさんとAさんの子どもは同じ習い事をしている。)
Aさんは私と話している時よりも明らかに楽しそうだった。冗談を言って二人で笑っていた。
私は、ぽつんと取り残された気がして、自分の存在を無視されているような気がして、辛かった。
Aさんは私よりも、Bさんが好きなんだろう、話しやすいんだろう、と思った。
私はBさんみたいに社交的じゃないし、話していたってつまらないんだと思う。その場にいるのがすごく辛くて悲しかった。

 

…とまあ、こんな具合に。

書き出すことで、憂うつな気分がすこーし晴れます。不思議ですね、書いただけなのに。でもそれで終わらせてはただの日記。更に一歩踏み込みましょう。

続いて行うのは、頭の中であれこれ考えたこと…つまり”妄想” と、明らかな事実とを分けることです。用意するのは色ペン。 今回は、妄想を黄色マーカー、事実を青マーカーで線を引いてみます。どっちなの?どっちでもないよ? という部分は何も塗らず。

 

今日、研修の休憩時間に、Aさんと、研修の内容について話をしていた。
するとそこに、Bさんがやってきて、Aさんと子どもの習い事の話をしはじめた。(BさんとAさんの子どもは同じ習い事をしている。)

Aさんは私と話している時よりも明らかに楽しそうだった。冗談を言って二人で笑っていた。
私は、ぽつんと取り残された気がして、自分の存在を無視されているような気がして、辛かった。
Aさんは私よりも、Bさんが好きなんだろう、話しやすいんだろう、と思った。
私はBさんみたいに社交的じゃないし、話していたってつまらないんだと思う。その場にいるのがすごく辛くて悲しかった。

 

はい、出来ました。 どうでしょう、文章の半分以上、黄色マーカー…妄想です。 黄色マーカー、多っ!って思いませんか??


事実だけ抜き出してみましょうかね↓

今日、研修の休憩時間に、Aさんと、研修の内容について話をしていた。
するとそこに、Bさんがやってきて、Aさんと子どもの習い事の話をしはじめた。(BさんとAさんの子どもは同じ習い事をしている。)
冗談を言って二人で笑っていた。

 

あらま、これだけですよ、事実って。
この部分だけ読んだら、「そうですか~。」って話です。別に辛くならないし、落ち込むこともないんですよね。
 
ってことは、出来事そのものが辛い、のではなくて、そのことであれやこれやと妄想してしまうから、それで辛くて、落ち込んで、どよよよーーーんとなってしまっている、ということが分かります。
自分で自分を責めて落ち込み、周りからこう見られている、と妄想して辛くなっているのでした…。

そう気づくと、また気持ちが少し楽になります。
なんだー、事実じゃないんかい!って。

これが、”自分を客観的に見る”ということです。客観的に見る・・・それは「あーなんじゃないか、こーなんじゃないか」と妄想するのとは反対の行動で、自分をやたらと責めたり、周りの目を気にしすぎたりといった状態から抜け出すためにとっても大切なことだと思います。

やればやるほど上達トレーニング

”いやいや、絶対に、間違いないから! 妄想じゃないから!Aさんは、私よりもBさんといる方が楽しいんだ!!!”って、しつこく主張する自分も出てくるかもしれません。


でも、実際にAさんやBさんから「あなたといるより楽しいの」って言われたわけじゃないなら、それはやっぱり妄想ですよね。 過去に、他の誰かから「あなたといてもつまらない」と言われたことがあったとしても…。それはその人から言われた事実であって、AさんやBさんとは別もの、ですもの。


どうせ自分は…と、落ち込むことがあれば、その度、紙に書き出して事実と妄想を分けるっていうことを繰り返しているうちに、「あ、これ、妄想だな。事実と違うわ。また、やってたわ。」と、わりと早い段階で気付けるようになってきます。

客観的に自分を見るっていうことが、少しずつ上手くなってくるんですよね。客観視するのもトレーニングなのですねえ。 私自身がこうしてトレーニングしているのですが、トレーニングには終わりはありませんね。日々練習、です。

自分の感情はそのまま受け入れる

それから、辛いとか悲しいとか寂しいとか恥ずかしいとか…、そういう感情も「これくらいのことで悲しくなるなんて、凹むなんて」と、自分が感じた事も、ダメだと責めてしまいがちです。

でも、感情はそのまま認めてあげる方が、自分自身が楽になれます。

自分といるよりも楽しそうだったら、そりゃあ悲しいですし、ぽつんと一人になったら寂しくて当然だし、辛くなって当然ですよー。そうだそうだ、当然だよ!

だから、そうだよね、これは悲しいよね、って自分に言ってあげるんです。


以前、私が、自分にそう言ってあげたときに、ふっと出てきた気持ちは、
Aさんのこと、私はそのくらい、好きなんだね。でした。

AさんがBさんと楽しそうに話しているのが辛くて悲しかったのは、Aさんが好きだから…。どうでも良い人なら、多分、こんな気持ちになってない。


そっか、Aさんが好きなんて、知らなかったな~ふふふのふ。

Aさんのことは別に嫌いではないけど、特別に好きだとも思ってませんでした。
だから、好きという発見ができたことに嬉しさを感じました。

Aさんが嫌い!じゃなくて、Aさんが好き!なんです。

”あの人もこの人も嫌い、嫌い、嫌い!!” で生きてきた私が、”好きなんだな”と感じていることが嬉しかったです。

私が人を大嫌いだったワケ
過去の私は、家から一歩出た瞬間から人の目がとても気になってしまい、外出して家に帰ると、気疲れしてぐったりと疲れ果てていました。特に疲れたのは、子どもの保育園行事とか、親も参加しなきゃいけない系の集まりです。みんなそれぞれ輪になって楽しそう...

”辛い”の中には、”好き”がある…!
そっちに注目したら、”辛い”ばかりじゃなくなります。
あったかい気持ちも感じられます。それは、あなたの中にある、素敵な気持ち。

陽だまり教室で、さらにこの、あったかい、素敵な気持ちを膨らませていきませんか。
あなたの気持ちに共感できる仲間が、待っていますからね♪

 

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