少し前に職場でコロナが流行りまして。多くの職員が休んだり、お客さんが感染したり…という時期がありました。 あっという間に次から次へ、家族全員が感染してしまった方も。
そんな状況で、職員でトップバッターで感染したAさんがものすごーーーーく落ち込んでいました。

私のせいで、皆さんにコロナをうつしてしまった…。申し訳ないです。
気持ちはよく分かります。
最初って、辛いよね…。
落ち込んでいるAさんに、職場の誰もがこう言います。

いえいえ、Aさんのせいじゃないですよ。今はどこから感染しても不思議じゃないし、無症状の人も沢山いるのだから、Aさんが最初、じゃないです
。自分が悪いなんて、思わないでくださいね。
しかし、Aさんは断固として言い張ります。

いいえ、私が悪いんです。
私がもっと気をつけていれば…。
こんなに流行ることもなかったのに…。 本当にごめんなさい。
気持ちはわかります。でもさ、もう、コロナ初期じゃないんです。
未知のウイルスが登場した頃とは違うんです。
コロナ陽性って聞いたって、誰も驚かないんです。怖がったりもしないんです。
重症化もしにくくなっていることだってみんな知ってるから、「お大事にしてくださいね。」で終わりなのです。
「あんたのせいだ!」なんて、誰一人、思っていないんです。
でも、何度言ったって、Aさんの態度は変わりません。

あなたのせいではありません。気にしないで!!
誰も悪くないんですよ。

いいえ、私のせいです…。
コントかよ!ってくらい、色んな人とこのやりとりを繰り返します。
ごめんなさいと言いながら泣き出したことも。
ただ一人、たった一人、「あんたのせいだ!」と、Aさんは自分自身を指さして、延々と責めているのです…。
ごめんなさいよりありがとう
Aさんは、自分が悪いって、ずーっと自分を責めています。
だけど、もし、他の方がトップバッターで感染したとして、その場合Aさんはその人のことを責めるのかって言ったら決してそんなことはしないはず。
気にしないで。仕方がないことですよ。って、言うはず。
どうして自分のときは、自分のときだけは、自分が悪いってなるの…?
自分が悪いってことは、
自分が悪くないときは、誰かが悪い、ってことだよね?
でも、他人のときはそうならない。
自分だけ。
自分の時だけ…。
おかしくないかね??
分かるんです、気持ちは。
だけどここまでいくとね、コロナ云々よりも、「自分を責め続ける」ってところに向き合わないといけないんだな、と思うのですよ。
コロナ対策をもっとしていれば…!じゃなく。
皆に、私のせいでごめんなさい、とお詫び行脚をするんじゃなくって。
自分が悪い、と自分を責めて、それで苦しくなっていること、きっと昔から繰り返してるはずだから。
今回の反省をふまえて今後どれだけ消毒しまくっても、10枚マスクを重ね付けしても、1日30回うがいをしても。
自分のせいで、という苦しみは消えないし、あの時こうしていれば…!って後悔の念がきっとずっと出てくる。
どうしても、自分のせいで…と考えて、周りの人にごめんなさいと言いたくなってしまったら。
自分が欠勤している間、人手が足りなくて大変だったことに対して。
人手が足りない中で、仕事に来ていた人たちに、苦労かけたことに対して、
謝ったらいいんじゃないでしょうかね。
穴をあけてごめんなさい。
忙しくさせてごめんなさい。
このごめんなさい、の後にはきっと「ありがとうございました。」って言葉が出てくる。助けてくれて、ありがとうっていう、周りの人への感謝の気持ちが出てくる。
だけど、「私のせいです。ごめんなさい。」だと、「ありがとうございました。」とは続かないのです。
言われた方は、どちらが気持ちよく受け取れるか…。前者ですよねえ。
自分のせいで、私が悪いんです。って、何度も聞かされると、うんざり感が増すばかり。
ありがとう、ってこちらを労ってくれているのが伝われば、気持ちよく、ありがとうを受け取れます。
〇か×かは孤独な世界
私も自分を責めてしまうことがあるけど、自分がダメ、ということは、逆転すると誰かがダメ、ってこと。それは〇か×かで判断する、二者択一の比較の世界。孤独な世界。
それよりも、迷惑かけてごめんなさい。そして、とっても助かりましたありがとう、って言える、仲間がいる世界。いいよいいよ、お互い様だからね!っていう、あたたかい世界。
私はそっちの世界にいたいから、いられるように、自分と向き合っていきたいと思います。
Aさんにもそんな世界があるってこと、知ってほしいなって思うし、この記事を読んでいる、自分が悪いと責めてしまうあなたにも、知ってほしいなって思います。
