気まずい人との関わり方

 

嫌いな人、という程、嫌いではないんです。

苦手な人…かなあ。うん、まあ、そう。でもそこまで苦手、ってほどでもないんだよね~…。
でも、会うとなんだか、”気まずい” んですよ~。

 

明日のシフトを確認して、「あ~…。○○さんも明日は出勤なのかあ~…」 って思うんですよね。すんごく嫌!!というわけじゃないの。でも、ちょっと、明日は会わなきゃいけないのか~って、気分がが下がるのです。

朝、おはようございます、って挨拶する時に、なんだか目を合わせにくいの。自分でもどうしてかはよく説明できないんだけど。

2人きりになると、何を話していいか分からなくて。やっぱりこういうときも、目を合わせることを避けちゃう。気まずい空気感。

大喧嘩したとか、いじめられたとか、はっきりとした理由があるわけじゃないんだけどね。なんかちょっとな~…って。 いないとホッとするし、いると背中がピリッとするというか。そんな人…。どうしたら良いんですかねえ~…。

 

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不快はあって当たり前

過去の自分を振り返って思うのは、”不快感”を気にしすぎていた、ということなんです。

気まずいな、なんだかちょっと嫌だな、少し苦手だな…。そんな”ちょっとした不快感”がすごく気になって、そちらに意識が引っ張られ過ぎていたような気がするんです。

それで、この不快さをどうにかして排除したい、排除しなきゃ!!、って考えてしまっていた気がするんですよね~。

 

排除するとなったら、自分から離れるか、相手が離れていくか、のどちらかしかないのでして。

仕事の付き合いだったら、自分が辞めるか、相手が辞めるか、のどっちかで、2択しかないんです。

相手が辞めるのを待っていたって、いつになるのか分からないし、そんなに我慢できない。
だったら自分が辞めた方が確実だし、とにかく不快感に耐えられないから、退職しちゃうのです。

ところが、転職した先にも、やっぱり”気まずい”と感じる人がいて、またしても同じことを繰り返してしまう。 仕事のみならず、近所の、習い事の、子ども関係の・・・気まずい人はあっちにも、こっちにもいる。

いて当たり前、という考え方

これからは、自分自身が気にしすぎている状態を変えていく方がいいんじゃないかね、と思うのです。

 

考え方としては、これです↓

気まずい人、苦手な人、嫌いな人は、いて当たり前だよね。

 

そういう人がいて、当たり前。いない方が、不自然。それがこの世の中。
そういうものだ、と考えていた方が、気まずい人や不快なことに目がいきすぎないような気がします。完全に気にならない、というわけじゃないですが、前より気にならなくなるんじゃないかなと。実際、そうなんですよ。 自分に合う人だらけっていう方が、不自然じゃない? こんだけ沢山の人がいるんだもの。

 

例えば、自分の体に、あせもが出来ました、と。

かゆい、かゆい、ああ、痒いなあ。
だけど、きっとあなたはこう考えます。
【夏だもんね、今日は沢山汗もかいたし、あせもくらい、そりゃ、出来るよねえ】と。

夏は、あせもが出来て当たり前だから、痒いけど、そんなに気にならない。ま、薬ぬっときゃ治るでしょって。 いわば、不快感との付き合い方が、ばっちグーなのです。あせもの場合は。

 

あせもと人間関係を一緒にするな! と言われてしまいそうですが、ええ、本当に、ごもっとも。

 

でも、やっぱり、”あるのが当たり前”と考えた方が自分自身が楽だと思うのです。
だって、人付き合いでしんどい思いをしているのって、他の誰でもない、自分自身なんです。 だから、自分自身が楽になる人付き合いの形を築くために、自分の考え方も変えていくんです。

 
不快感はあるものだ。気まずい人がいるのは当たり前という前提でいると、自分が離れるか、相手が離れるか、の2択ではなくなるんですよね。 気まずい相手と、どう関わっていくのか? という選択肢が増えるんです。


しかも、この”どう関わるか?” は、答えがひとつじゃなくて、選択肢が沢山あるんですね。

・挨拶はしっかり目を見て笑顔で。でも、それ以上に、ムリして仲良くなろうとしない。
・サッカーが好きらしいから、今度二人になったときに、サッカーの話をふってみる。
・気まずさをどうにかしようとしない。気まずい空気感をじっくりと味わってみる。

↑一例ですが、こんな感じで、どうしていこうかな~?って考えて、じゃ、明日はこれやってみるか~!という日々の中で、しっくりくる関わり方が発見できたり。 
人に相談したら、自分では思いつかないアイディアを教えてもらえたり。

不快さを排除しようとしない方が、選択肢が、増えていくんですよね。

以前の記事↓

【嫌われてる?!】急に素っ気なく冷たくなった同僚
勤務先の同僚の態度が、ある日突然、素っ気なくなりました。その日は朝の挨拶をした瞬間から「あれ?いつもと様子が違う」と感じました。わたしの方を見ようとしないし声も小さいし、暗いのです。 気のせいかな…?と話しかけると、やっぱり明らかに冷たくて...

いつも通りの自分を心掛ける、というのもひとつの選択肢で、他にもいろいろな関わり方があります。
どうしたらいいか、選べる数が多い程、相手の態度に一喜一憂しなくなるんじゃないかと思います。


ああ、あなたは、そうくるのね。じゃ、今日の私はこうしてみよう。

この「こうしてみよう」が沢山あるほど、人付き合いのストレスって減るよね。

 

ちなみに、今回の記事はモラハラ、パワハラ、モンスター。どう考えても常識外れてる…そういう人との関わり方について書いているのではありませんので悪しからず。

モラハラ、パワハラ、モンスター相手なら、自分の考え方を変えるんだ!と耐えていたらどんどん自分が疲弊してしまいます。然るべき相談先に相談してくださいね。

 

不快 ⇒ 快 に上書き保存

結局、”ストレス耐性があんまりない” っていうね。そんな面があるのかもしれません。
でもそれは、今まで排除すること、避ける事ばかりしてきたからであって、これから違う選択肢を選んでやっていけば、きっと変わっていくと思うのです。

 

仕事が終わって家について、はーやれやれ、となった時に。 
頭に浮かぶ事が、今日あった嫌な出来事、辛かった事、嫌いな相手のこと、明日の憂鬱なタスク…そんな気分が沈むことばかりだとしたら、

そこをちょっと意識して変えて、 今日の嬉しかった事、好きな人、大切な人の事、ほっこりした出来事、ちょっと面白かった話、この先の楽しみな事…そういう方を思い浮かべて、

不快 ⇒ 快 への上書き保存をする。

なーんてことも、大切です。

 

えーそんなことしたって無駄でしょ~?! 意味ないでしょ~?! って、思ったら、アカンですよ~!
【なめたらアカン~♪なめたらアカン~♪】と天童よしみさんになりきって歌っちゃいますよ? いいんですか? 

 

私
 

どうぞ。

 

え…っ!?本当に良いんですか!?

 

 

私
 

うん。どうぞ。

 

意味がない、なんてことはない。

結局、やってみなけりゃ分からないので、やってみるしかないのですが、やってみても、すぐには自分で変化を感じられないのですね。
心の中、頭の中は、数字で見えるものじゃないから。

そして、だから意味ない、もうやめたー! ってなっちゃうんですよねえ、そうでしょお嬢さん。

 

これは筋トレと同じだと心得ないといけません。
筋トレも、すぐに目に見えた変化なんて出てこないですよね。 三か月くらい?かかるんでしょ、筋肉ついたって目に見えてわかるまで。

考え方を変えるのはもっと時間がかかるかも。でも、気長にやっていく中で、あら?前より、気まずい○○さんのこと、考える時間減ったかも…?!って、はっとしてグーする日がくるんです。

いつかは、わかりません。ミスターマリックさんでもこればかりは、見えないでしょう。
見えます、見えます、ではなくて、見えません、見えません。です。そうでしょう、マリックさん?

でも、いつかくるんです。ハッとしてグーする日が!(昭和)

 

不快は不快で良いけれど、でも、排除する以外の選択肢もあるんじゃない? それを一緒に考えていきましょうよ! やってみましょうよ! っていうのが、こちらのセミナーです。はっとしてグーする日を楽しみにしながら、やっていきませんか。

 

私
 

ところで、なめたらあかん、歌わないんかい!

 

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