こんな自分じゃダメだと思っていた。
何にも持っていない、何の魅力もないこの自分ではいけないと。
小学生の頃は、運動神経が良い人に、めちゃくちゃ憧れた。わたしは、走るのが遅いし、逆上がりもできないし、二重跳びもできないし、自転車も補助輪がないと乗れなかった。
ソフトボールも、ドッヂボールも、チームの足を引っ張る存在だった。
運動神経が良かったら・・・としょっちゅう妄想していた。
かけっこはいつも一番。リレーではアンカーを任されて、ぐんぐんみんなを追い越して、1位でゴールする。みんなにすごいね!!って言われて得意げになっているわたし。
運動会が近づくにつれて憂うつさが増した。本当に嫌だった。運動会当日に風邪を引くために、前日に水風呂に入ったり、寝るときにお腹を出して寝たりした。
努力虚しく、結局一度も、風邪を引くことはなかった。
中学生になると、活発な人に憧れるようになった。みんなの前で意見を言ったり、先生と友達みたいに話したり、みんなを笑わせたりする人に、憧れるようになった。
わたしは、『おとなしいね』と、しょっちゅう言われていた。本当は面白い事を言ってみんなを笑わせたかったから『おとなしい』って言われる度にちょっと凹んだ。そっか、わたしはおとなしい人間なのか・・・。
実際、自分じゃおもしろい事を言ったつもりでも、周りに聞こえていなかったり、『?』という顔を相手がすることが多かった。そうか、わたしって、そうか。つまらないんだな・・・と思った。
文化祭の発表会。ステージで歌ったり、踊ったりして、目立つグループの人たちが場を盛り上げていた。わたしもあの中に入りたかった。わたしも注目されたかった。すごいね!かっこいい!って言われたかった。
生徒会長にも憧れた。わたしもやってみたかった。自分で立候補する勇気はなかったから誰か推薦してくれないかなと思った。推薦されなかった。生徒会長がダメなら、委員長になりたかった。でも、委員長にも推薦されなかった。
そうか、わたしって、居ても居なくてもいい存在なんだな・・・となんとなく思った。
高校生になると、学校も家もつまらなく感じるようになって、ちょっととがった感じの人たちに憧れるようになった。
校則を守らないで髪を染めてみたりスカートを短くしてみたり。学校もさぼった。ビジュアル系バンドの全盛期だったから、バンドのライブに行って、追っかけをした。
真面目な学校だったから、同級生や先輩から、変な人を見る目つきで見られているのをたまに感じた。
家庭科の実習で料理を作っていたとき、ちょっと手順を間違えたら、先生から『だからあなたはダメなのよ!』と言われた。その一言がものすごくショックだった。
わたしは、こんな人間じゃない。本当のわたしは、こんなダメじゃない。
妄想の中のわたしは、何でもできて、みんなから好かれていて、尊敬される人間だった。
そんな自分しか、見たくなかった。
現実にはそんな自分はどこにもいないから、妄想の世界の方が居心地が良かった。ずっとそこに居たかった。
誰からも何も求められていなかった
自分に自信をもつためには、ありのままの自分を受け入れることが大切なんだと、自己啓発系の本にはたいてい書いてある。 ダメなところも良いところもひっくるめてこの自分なんだ、と。
頭ではわかる。そうなんだろうな、と思う。でも、実際には納得できなかった。
こんな自分には価値がない。この自分じゃだめだ、という思考回路がしっかりと出来上がっていた。
しかし、先日。ふと、思った。
今、わたしの周りにいる、わたしと関わってくれる人たちは、果たしてわたしに何かを求めているのだろうか・・・?と。 いや、何も求められていない。
息子がわたしに『明るい人になって!』と言ったことはあるだろうか?いや、一度もない。
母から『そんな性格じゃダメだ』と言われたことがあるだろうか?いや、一度もない。
ねこがわたしに『こんな人は嫌い!』と背を向けたことがあるだろうか?いや、一度もない。
友達が『さゆちゃんて、つまんないね』と離れていったことがあるだろうか? いや、ない。
職場で『美月さんがいると迷惑』と冷たい視線を向けられたことがあるだろうか? いや、ない。
誰も、わたしに、何かを要求していない。誰も、わたしに、ダメ出しなんてしていない。
何もない。何の魅力もないはずのわたしに、笑顔を向けてくれ、わたしと共に時間を過ごしてくれている。
何も持っていないわたしでも、良かったのか。何も持っていないわたしを好んで、一緒にいてくれたのか・・・。
これじゃだめだと言い続けたのは、自分自身だけだった。
見栄を張っていたのは、そうしないとみんなが離れていってしまうと思い込んでいたからだ。かっこいい、できる、頭がいい、すごい、素敵、憧れる!そんなわたしでいなければ、わたしは能無し。生きている意味なんかないと、思い込んでいたんだ。
これじゃダメだ。まだまだダメだ。あれも必要だ、これもなくちゃダメなんだと、鎧をつけて武装して、重たい荷物を背負った。体が重い。心も重い。どうにかこうにか動けるけれど、息苦しくてたまらなかった。それが今までのわたしだったのか。
もしかして、鎧はもう脱いで良いんじゃないか。 もう、見栄は必要ないんじゃないか?
無いほうが、より、自分らしいんじゃないか。
自分だって、その方が楽なんだ。
自分らしいって、そういう事なんじゃないか。
腑に落ちる、とはこのことだ。 雷が落ちたような衝撃を受けた。
そうか、わたしは、このままでいいのか。
心の中のわたしが、嬉しくって、泣いていた。