共感できない・人の幸せを喜べないわたし

ある日のこと。
幼馴染の友達からLINEが来ました。

友達
友達


ごめん!自慢させてー!

友達
友達

うちの娘の描いた絵なんだけど…

 

 

友達
友達

可愛すぎない?!

 




何やらとても喜んでいて、テンション高めの嬉しそうな友達。

送られてきた画像は、
娘さん(小学校低学年)が描いた、ママの似顔絵や、かわいい犬の絵でした。

↑こちらはイメージです。




わたしは絵を見た時に、なーんとも言えないモヤモヤとした気分になりました。

確かにかわいい。可愛くって和む絵だ。 でも、わたしは知っている。昔からそう。”人の喜びを、一緒に、心から喜ぶことができない” という事を…。

『うわー♪かわいいね。嬉しいね。幸せだね♪』って、友達と一緒に喜べるほど心が動いていないわたし。友達のテンションに合わせられない。 ううう…苦しい…!

妬んでいるのかな。
僻んでいるのかな。
羨ましいのかな。

あーあ。やだなーこんな自分。友達が嬉しいなら、わたしも一緒に喜びたいよ。

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喜んでいるフリをするのが嫌だ

この友達、普段から家族の話ばっかりするとか、よく自慢してくるとか、そういう人じゃないんです。むしろ逆なんですよ。いつも控えめなんですよ。だから、今回はよっぽど嬉しかったんだろうなあって思うんですよ。 自慢させて!なんてLINEがくるの、初めてですから。 だからこそ、一緒に、『可愛いね、嬉しいね』って言いたい。


しょっちゅう自慢してる人だったらさ、「また出たよ。どうでもええわい!」と冷たい自分でも、まあ許せるんだけどさあ。 この友達は、違うんだもんなー。 そのくらい嬉しかったってことだろうし、そのくらい感動したんだろうからなあー。うーむ。 それを分かっているにも関わらず、できないんだから。一緒になって「かわいいーー!!」って言えない。思えない。あーあ、嫌だなあ、こんな自分。


しかし、何て返事したらいいんだろうか…。 一緒に喜んだり、感動している”フリ”をして、かわいいね!感動するね!と♡を10個くらい並べる・・・それが今までのわたし。

でもなあー。なんか、そういうのも白々しくって、やだなー。したくないなあ~…。
返信に困る自分。

 

・・・とモヤモヤしていたのですが。
しばらくして、また、自分に×をつけているなあと気づきました。

あ、またやってたぞ。○か×かの白黒思考。 まあ、いったん落ち着こう。ひとまず、「違う、違う、そうじゃない」とワンフレーズ歌いましょうか。

・・・ええ、鈴木雅之さんです。違う、違う、そうじゃない。×じゃないんだよ~♪

 

ああ、そうだ。こういう時は、友達と同じようには感動できない、一緒に喜べない。それをまずは、そのまま受け入れるんだった。○×じゃない。ただ、そうなのねと受け入れる。


そうしたら、「あ、そっか」ってまた、ひとつ気付きました。
わたしは、友達と同じくらいの熱量で、子どもの絵に感動しなきゃいけない・・・!って、どっかで考えていたってことを。

で・も!

違う、違う そうじゃない。それも違うんだ♪ ・・・もうワンフレーズ歌いました。


友だちとわたしは、別々の人間じゃあないか!なんで、まったく同じように感じられないとダメなわけ??同じゃないんだから、感じることも違って当たり前じゃないか!


あ、そうだ!

こんなときは、もし自分だったら…と想像してみたらどうだろう?
仮に、わたしの息子が、わたしの似顔絵を描いてくれたとして…。

『ママー!みてみてー!ママの顏、描いたよー!』って、満面の笑みで絵を見せてくれるわけ。

小学校低学年の息子・・・。ああーそうそう。可愛かったわあ。髭も生えてない。声が高くて、背もちっちゃくって。本当、可愛かったわあ。


わたし、どう感じる??

あああーーー!すごい、嬉しい。すごく、感動する。ハッピー。ハッピーすぎる。マンモスうれっぴーだわよ!



そうだ、これなら、わかる! 友達の今の気持ち、分かる気がするよ!! そっか、これだ。これかも。これでいいんだーー!!


自分自身に寄り添っていなかったのかも

LINEの絵をもう一度、改めて見てみました。
これが自分の子が描いた絵だったら…と想像しながら。

うわー感動!嬉しいなあー!!
最初に見た時よりもずっと、わたしの心が動いています。


友達にLINEをしました。

 

 

わたし
わたし

嬉しいねーー!!これは感動するなあー。すごーく可愛いね♡


これ、本当。無理してない。偽ってない。共感しているフリをしてない。

そうかー、これで良いんだわあー。楽だなあ。無理しないって、楽だなあ。そして、気分が良い。


そうだ、今までのわたしは、相手から嫌われない対応は何?ってことを一番に考えていたんだわ。
嫌われない、良い人だと思ってもらえそうな、賢そうな…そんな返事。自分が何を感じているかを大切にしたことがなかった。そんなことより、相手から嫌われないことが大切で。

あらら、もしかして。

友達の幸せを本心では喜ぶことができない自分を否定していたし、こんな自分は変だって思っていたけど… 本当に嫌だったのは、それよりも、自分を偽って、無理して、相手に合わせて、良い人のフリをしていることだったかも?

相手に合わせることばかりで、自分の気持ちに寄り添っていなかったなあ。別にいいじゃん、嬉しいって思えないなら、思えないで…ねえ。

温かいから、自分は冷たい人間だって思う

あなたも、周りの人の幸せを喜べない事を、ダメだとか変だとか、冷血だとか、器が小さいとか…そんな風に否定したことがあるかもしれません。
でも、今回思いました。人の幸せを喜べないとか共感できない事を、”いやだなあ” って感じるということは、本当は、一緒に幸せを喜びたい、共感したいという想いがあるからで、そういう温かさがあなたにあるってことですよね。

本当に冷たい人は、このようなことで自分をダメだとか嫌だとか…そもそも、そんな事を考えないと思うんです。 


感じる事は人それぞれ。あの人と同じように感じなきゃいけないなんてことはなく。どれが良くてどれが悪い…なんてこともなくて。 だからまずは、自分がどう感じているか・・・○×をつけないで、ただ「そうなのね」と受け入れてあげましょうよ。 
そうしたらきっと、あなたの心にぽっと・・・温かな陽が灯ると思うんです。



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